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60年代のリアル

60年代のリアル

御厨貴氏(東京大学)、推薦! 政治学のプリンスによる気鋭の論考がついに刊行!

著者 佐藤 信
ジャンル 政治・法律
社会
出版年月日 2011年12月05日
ISBN 9784623062065
判型・ページ数 4-6・234ページ
定価 定価1,980円(本体1,800円+税)
在庫 在庫あり
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  • 目次

御厨貴氏(東京大学)、推薦! 政治学のプリンスによる気鋭の論考がついに刊行!

何がリアルなのか? ぼくらは何によって生を実感できるのか?

今も昔も、若者に常に課せられた問いに著者はまっすぐと逃げることなく向き合う。
著者が試みるのは、60年代の若者たちの行動や思想を、「若者」という視点から描くことである。
「リアル」という根本的な問題意識を軸にして、60年代の世相を読み解きながら、
現代の若者のあり方、これからの政治のあり方を逆照射する。
それは執筆当時大学生/大学院生であった著者が、過去の若者と現代の若者とをつなぐ
「リアル」という回路を開く試みでもあった。

本書の第Ⅰ部は、著者が東京大学法学部在学中に、『毎日新聞』紙上に9ヶ月間にわたって連載された
「60年代のリアル」がもとになっている。主として題材とされるのは60年安保闘争と60年代末の学園(大学)
闘争であるが、著者は「リアル」という側面に着目することで、小熊英二著『1968』に代表されるような
従来の60年代論とはまったくちがう「肉体感覚」という概念によって大衆・学生運動を捉え直した。

「肉体感覚」を刺激するものとしての「痛み」、それを求める「若さ」と、それが不可避的に持つ「焦り」、
そして「死」への願望・・・それらがいかにして60年代の若者の「アツさ」を生み出していったのか。
そうした経緯が、64年の東京オリンピックが象徴するような高度経済成長下での社会変革と連関されて描かれ、
現代人にとっては理解しがたい彼らの「アツさ」が説明されることになる。

さらに著者は第Ⅱ部で、60年代の若者をみるなかで発見された若者特有の「リアル」や「肉体感覚」や「皮膚」、
さらには「ジャズ」的なつながりといったようなモチーフを用いて、現代社会の特質をも明らかにしようと試みる。

そこで俎上に載せられるのは、『エヴァンゲリオン』や『攻殻機動隊』など、これまで宮台真司氏、東浩紀氏ら
社会評論家たちがその分析対象としてきたアニメであるが、著者はその60年代との接続を意識することで、インターネットと社会とのつながりについてまったく新しい視覚を提示する。そこで強調されるのは、インターネットが肉体感覚を喪失させる一方で、その「ざわめき」を非肉体的な社会構成要素のなかに生み出す可能性を胚胎させていたということである。

以上のような分析をもとにして、最後に著者は、その専門分野である政治における可能性に言及する。
「公」とはわれわれにざわめきを与えるものとして再編成され、それに伴って「公」を扱うものとしての
政治の姿も再編成を余儀なくされるというのである。著者のいう「リアルな政治」とは、「肉体感覚」や「皮膚感覚」を持った政治であり、著者はそれが政治的無関心で溢れた日本政治の現状を改善しうると主張している。

著者の処方箋である、国民が政治家という「個人」に「委託」することで責任意識をもって政治に「所属」すべきとする見方は、これまでの政治学者たちが主張してきた「政策」ないしマニフェストを重視するイギリス型の政治像とはまったく相反するものであることも注目される。

かくして、本書はこれまでになかった60年代論であると同時に、新たなアニメ評論、社会評論でもあり、
これからの政治像をも描く、画期的な著作である。

はじめに――『60年代のリアル』ができるまで

第Ⅰ部 60年代のリアル
第1章 若者たちの60年代
「彼/彼女ら」は何者か――遠くて近い、同年代の感覚
生きてる実感って何?――「リア充」は本当に「リアル」を生きているか
舞台としての都会――地方学生の憧れと違和感
浮遊する若者たち――肉体感覚と痛みとリアル
デモに参加する――「運動」の本質ってなんなのか
暴力とはなにか――正しく戦い、正しく負ける
『朝日ジャーナル』の時代――「アカイ」イメージは本当か

第2章 60年安保闘争
安保闘争のはじまり――絶対に勝てない闘争
運動への入り口――他者とつながり連帯する
唐牛健太郎という男――ひょろひょろたちの象徴
11・27 国会乱入事件――抗議の手ごたえが欲しい!
市民運動ってなに――ふわりとした皮膚感覚
4・26請願行動――個をもって連帯を求める
全学連の4・26――ジコマンって言えばいい
6・4スト――「バカ」になれた若者の純情
流血の6・15――始まりは「保守」の暴力
6・15国会南通用門――若さの氾濫
樺美智子の死――若者の焦りと死のイミ

第3章 変わりゆく60年代
帰郷運動――「老い」が始まる前に
東京オリンピック――共有されたおなじ物語
チェンジ・オブ・ペース――「理系化」の持ったイミ
ダンチ化――夢の「ダンチ」とバラバラになったひとびと
ジャズの空気――トガる個性をぶつけあう
新宿と坂本龍一――創造する「ぼくらの街」
開高健が歩いた東京、ベトナム――混沌という強大な魅力
テレビの革新――ジャズ的メディアの模索

第4章 大学紛争から70年代へ
三島由紀夫と全共闘――「肉体」がつなぐふたつの「同志」
戦争と闘争――正義を体ごとで表現する
内ゲバの出現――ハグレた「肉体の叛乱」
東大闘争の始まり――理系学生、ツマラナイ日常から脱出する
あかつき部隊――抜きとられた若者の心臓
日大全共闘のもがき――論理を越えて
バリケード空間――青春かけた理想郷
占拠された時計台――オトナの作る時間を拒む
安田講堂攻防戦とヴァーチャル感覚――相手の痛み感じない暴力
連合赤軍が見た夢――今なお重い同年代の問い

第Ⅱ部 10年代のリアル
第5章 皮膚に映る若さ
なぜ僕が書くのか――若さへの回帰と彼らへの接近  
ぼくらの自己はどこにあるのか――三島由紀夫の探した自我の縁
障壁としての皮膚――皮膚を二枚へだてた向こうでは
つなぐものとしての皮膚――リアルな他者理解の可能性にかける
皮膚の思想を求めて――「連帯を求めて孤立を恐れず」のイミ

第6章 60年代は遠いか
60年代の空気――なぜ学生運動は起こったか  
孤立する肉体と叛旗する肉体――寺山修司の求めた肉体性  
一体感を求める肉体――同期によって生まれるモスラ  
Jazz and Freedom go hand in hand.――皮膚をざわめかせるものとしてのジャズ  
暴力という手段――正直で無垢だった赤軍派

第7章 ぼくらの10年代
ぼくらの身体/肉体――社会的身体は「肉体」か?  
機械と肉体――『鉄人28号』から『ガンダム』まで
皮膚を破る――『エヴァンゲリオン』から
ネットの海のなかで――『攻殻機動隊』から 
ぼくらにとって「リアル」とはなにか――フィクショナルな世界にさざ波を  
ネットが変えなかったこと/変えたこと――変質するぼくらの時間と空間

第8章 リアルな政治の誕生?
新たな「つながり」――コミュニティ論を越えて  
永久解釈としての「つながり」――口承伝承との類似から  
「公」の再編成――個の特定のために  
リアルな政治とは――この肉体を「所属」させるものとしての政治へ  
無責任にはならない!――ぼくらの世代の政治体験とトンデモナイ妄想
政治に対する責任と政治の劣化――リアルな政治の「実現味」  
おわりに――未来の肉体はどんな振る舞いをしているか

文献紹介
『朝ジャ』 60年代全体 60年代をテーマにした文学
60年安保闘争 帰郷運動 チェンジ・オブ・ペース
ジャズと新宿 メディア 三島由紀夫と土方巽 大学紛争
連合赤軍 60年代と世界と現代 肉体と眼、あるいは触覚と視覚 
皮膚の位相 暴力と大衆運動 いわゆる「リアル」について
インターネット時代の「つながり」 コミュニティと公共性
「リアル」の在り処?

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